う そ つ き

芸術と芸術を融合ぐちゃぐちゃ

「悲しみのその先に、絶たず」について。そして、「十七歳」へ

毎日が絶望のエンドレスすぎて息子の成長だけが救いです!、、、、、。



私は悲しみのその先に、絶たずという名前で相方のなかやましょうごと約2年ほど活動をしてきました

なかやましょうごは高校の先輩でした
私が入学したとき彼は高校3年で、なんか変なバンドでドラム叩いてた
そのなかやまのやっていたバンドで、私が初めて見た軽音部の新歓ライブで体育館のステージにギター投げつけていた人がクボタアンジュという男の子で
私が高校時代に唯一尊敬した先輩でした

なかやましょうごはアンジュくんの親友だった

私は在学中、なかやましょうごとほとんど接点がなかったけど
卒業後、アンジュくんのお葬式で再会し
私の猛烈アタックでユニットを組みました

関係ないけど、アンジュくんのお葬式でアンジュくんが最後にやってたバンドの音源が流れて
私は彼がバンドを続けているなんて全然知らなかったしその音源もそこで初めて聞いたけど
もうそれはそれは、アンジュくんの音楽でしかなくて
めちゃくちゃ泣いたのよく覚えてる

なかやまにあとから聞いたら
「なかむらひとみがこういう音楽やりたいから相方になってくれって言ってきたときのこういう音楽がアンジュとやろうって言ってたものに酷似していたから引き受けた」と言われた
私はやっぱりアンジュくんと感性が似てたのかもしれない
性別が違っただけで

だから私たちは勝手に、本当に勝手だけど
アンジュくんの好きだった音楽をやっていただけです
私たちはアンジュくんで繋がれていた
なかやまの親友で、私が尊敬した人
アンジュくんが私たちを繋いでいてくれたように思います


2年間、悲しみのその先に、絶たずとして
いろんなところでライブをやらせてもらって
嬉しかったことも怒ったこともあった
新しいものをつくっていくのは楽しくて、お互いにひとりじゃできないことばかりチャレンジしたよね

絵本もつくった、自力で、私たちの力だけで


でも、ここには書けないような本当にどうしようもない理由で活動を続けられなくなりました

ごめんね、と なかやまに何度も言われました


浦松さんやボブさん(VVS)を始めとした
悲しみのその先に、絶たずに携わってくださった全ての人たち、本当にありがとうございました
悲しみのその先に、絶たずは少し早いけど無理やり完結させます

私はなかやまをめちゃくちゃ責めたけど
こいつ死ぬかもしれないってぐらい詰めたけど
でも死ななかったし、もう一緒に音楽出来なくなってもいいから
アンジュくんのことだけは忘れないでいようね


それとは別件ですが、初期ユニットの十七歳
活動を再開させる予定です
ライブハウス復帰はいつにするかまだ決めていないけど、十七歳で新たに曲をつくります
ドラムはもちろん、川村杏子
私のつくる曲でドラムを叩こうなんて変人は彼女しかいませんでした

お楽しみは続きます

結婚、出産、そして時間が解決してくれることもあるということ

19歳か20歳ぐらいのとき(曖昧)、
当時三鷹市の、築20年ボロいけど白塗りの木造でまるでナナと奈々が暮らしてたようなアパートで一人暮らししてたとき、
昼夜の仕事と家の往復だったし、寝るための家、むしろ、職場で寝てたこともあったから荷物が置いてあっただけの状態、たまの休みは家からほとんど出ないしカーテンも窓も閉めっぱなし、ヘビースモーカーだったために部屋はたばこの煙で真っ白だった。
家でも(夜の)職場でも安い缶チューハイしか飲んでなかったし、自堕落で腐ってたかもしれないけど、めちゃくちゃ稼いでた。大学生の彼氏もいた。狂ってた。
その頃書いた「一酸化炭素中毒で自殺を試みる」って曲の冒頭はこの生活から引用している。

➖ 昨日の夜はとても静かで たばこの煙が充満してた
窓は開けない、カーテンは光を通さない
愛してるって言ったのは一昨日で もう忘れたよ
ふたりで食べた熱々の回鍋肉 もう忘れたよ ➖

14歳から19歳までの5年間、ずっと好きだった人がいた。
彼は私のふたつ年上で、私が15歳ぐらいのときに会ったのを最後に疎遠になっていたけど私は彼のことがずっと好きだった。
たしか20歳半ばか、21歳になる頃、たまたま私の働いてたバイト先に入ってきて再会した。
バイト先の仲間には私と彼の共通の友達もいたし、みんな私の5年間のことを知っていたのに誰も教えてくれなくて、久しぶりに対面したときは腰が抜けかけた。驚いた。

その再会した頃、私は大学生の彼氏と別れて今の夫(まだ結婚前)と同棲を始めようとしていたし、彼のことはもう諦めてたから、逆にフツーになれた。フツーに。
再会をしてからは何度も向かい合ってご飯を食べたし、いろんな話をしたし、怒られたこともあったし、誕生日を祝った(祝わされたに近いかもしれない)こともあった。
だからといって昔の感情が戻ってくるわけじゃなかったけど、今までで一番大事な「友人」枠に入った気がした。ある意味、もう二度と失いたくないと思っていた。友人として。
何度も思った。あんなに好きだったのに、あんなに会いたかったのに、絶対彼との子供しか産みたくないと思っていたのに。

今、私は結婚して出産した。一方で彼は就職して長く付き合ってる彼女と同棲してるらしい。こういうこともあるのだ。
妊娠が発覚して産みたいと思っているという話を彼にしたとき、お前は俺と結婚すると思っていたと冗談で言われた。
現に、私は今の夫を選び、夫との子供を産んだ。夫と、子供と、今の生活を愛しているし守りたいと思っている。
彼もいつかはきっと結婚して父親になるときがくる。
私の子供の写真を見せたら、彼は「かわいいね」と言った。
すごく複雑に絡み合ってもう取り返しがつかないと思っていた男女の関係を、時間が解決してくれたように思えた。

22歳、1児の母。私の人生まだまだこれから。絶対負けたりしない。

ああ神様、あの人がどうか、私を忘れますように

生きててよかったー、とか、長生きしたいなーって、今まで思ったこともなかったのに、子供ひとり生まれるだけでこんなにも生きてたいし笑ってたいと思うなんて

わたしの腕の中で眠る小さな命も、いつかは大人になって、人を愛し、誰かを傷付けて、誰かに傷付けられて、また新しい宝物を生み出すのだと思うと
わたしの人生なんか光の速さで消滅
本当にこれでいいのか?、って自問自答を繰り返してしまう、もはや選ぶ余地などないのに

余談だが
男女間には我慢と思いやりが大切だって教えてくれた人は、きっとあの頃わたしと結婚することを考えていただろうな

「大丈夫」の魔法、もう聞こえないし
残された人がなにを守って生きてるのかもしらない
遠いところに行った気がするけど
少しの間近付き過ぎただけだ、たぶんね

なにを食べて、なにを見て、
それを誰と共有してるのか知らない
本当に本当に守りたい宝物だったから
誰と共有してても、そんなことはどうでもよかったんだよ
今夜は誰となにを思ってビールを開けるんだろうか

携帯の中にはいつだってふたりだけの秘密が欲しかった

ひとみちゃんなら大丈夫、って背中を押してくれる人もういないなあ

新曲です

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六畳一間のあの部屋で
何度わたしを抱いたの
テレビのないあの部屋で
何度女を抱いたの

わたしと使うソファの上で
何度あの子を抱いたの
あなたの携帯のその中に
どんな秘密が隠れているの

許してあげるわ、許してあげるわ


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ヘンゼルとグレーテル
わたしたちは夢の途中で出会いました
絶望のキャンディーを少しずつ落として
夢の続きを始めよう

ああ神様、あの人がどうか
幸せでありますように
ああ神様、あの人がどうか
私を忘れますように

ヘンゼルとグレーテル
わたしたちは夢の途中で別れました
愛情なんてきっと目には見えなくて
触れることも出来ず消えていく

ああ神様、あの人がどうか
不幸でありますように
ああ神様、あの人がどうか
私を思い出しますように